- 所得税法における「収入金額」の基本的な考え方がわかる
- 発生主義(権利確定主義)の3つの要件と適用方法がわかる
- 取引種類別の収入計上タイミングの違いがわかる
- 実務で役立つ発生主義の例外と特例を理解できる
- 収入計上でよくある税務調査の指摘事項と対応方法がわかる
所得税の確定申告において、「収入金額」をいつ計上するかは非常に重要なポイントです。実際にお金を受け取ったタイミングではなく、「権利が確定したタイミング」で計上するという発生主義の考え方は、多くの方にとって意外と難しいものです。
この記事では、所得税法における収入金額の考え方と発生主義の原則について、実務経験豊富な公認会計士試験合格者の視点からわかりやすく解説します。










「収入金額」の基本的な考え方(所得税法における原則)
所得税法では、1年間(1月1日から12月31日まで)の間に「収入すべきことが確定した金額」に基づいて所得を計算します。
この「収入すべきことが確定した金額」という考え方が「発生主義(権利確定主義)」と呼ばれるものです。






所得税法第36条第1項では以下のように規定されています。
所得税法第36条第1項
「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」






発生主義(権利確定主義)の3つの要件
発生主義で収入を計上するためには、次の3つの要件がすべて満たされていることが必要です。
発生主義の3つの要件
- 収入を受け取る権利が確定していること
契約の締結や業務の完了など、報酬を受け取る権利が法的に確定している状態であること - 収入を受け取るべき事実が発生していること
商品の引き渡しやサービスの提供が完了するなど、対価を得るための行為が完了していること - 収入金額が確定していること
契約書や請求書など、受け取るべき金額が明確に確定していること












取引種類別の収入計上タイミング
発生主義の原則に基づいて、取引の種類ごとに収入を計上するタイミング(収益認識のタイミング)が異なります。
取引の種類 | 計上するタイミング(発生主義) | 具体例 |
商品の販売 | 商品を引き渡した日 | ネットショップでの商品発送日 |
物の引渡しを伴う請負 | 完成した物を引き渡した日 | オーダーメイド家具の納品日 |
役務(サービス)の請負 | サービス提供が完了した日 | コンサルティングの報告書提出日 |
不動産の賃貸 | 契約等で定められた支払日 | 家賃の支払期日 |
利子・配当 | 支払期日 | 株式配当金の効力発生日 |
著作権使用料 | 計算期間終了後の支払期日 | 出版物の印税支払日 |












実践例で理解する発生主義
以下の例で具体的に考えてみましょう。
事例 | 収入計上時期 | 理由 |
12月25日にシステム開発を完了・納品、請求書発行は翌年1月5日、入金は1月20日 | 12月25日 | サービス提供完了日が12月25日のため、12月分の収入となる |
1月に1年分の顧問料300万円を一括前払いで受領 | 毎月25万円ずつ計上 | 継続的なサービス提供のため、役務提供期間に応じて按分して計上 |
12月15日に商品を出荷したが、お客様の手元に届いたのは翌年1月5日 | 12月15日 | 商品の出荷日(引渡日)が収入計上日となる |









発生主義の注意点と実務上の対応
発生主義を適用する際の注意点と実務上の対応方法について解説します。
実際にお金を受け取っていなくても課税対象になる
発生主義の最大の特徴は、実際にお金を受け取っていなくても、権利が確定した時点で収入として計上しなければならないという点です。
- 特に年末の案件に注意
12月納品の場合、翌年1月に入金があっても12月の収入として計上する必要がある - 事前対策が重要
年末の駆け込み案件は納品を1月にズラせるよう事前に調整しておく - 入金サイトの交渉
毎月の資金繰りを考えて、納品後の入金サイトを短くしてもらう交渉も大切
回収不能になったらどうなるの?
発生主義に基づいて収入計上した後、取引先の倒産などで売掛金が回収できなくなった場合の処理についても理解しておく必要があります。
- 貸倒損失として経費計上可能
回収不能が確定した場合は「貸倒損失」として経費計上できる - 証明資料の保管が必須
「本当に回収できないこと」を証明できる資料(取引先の閉鎖証明書など)を保管しておく - 要件は厳格
貸倒損失の計上は条文や通達上は認められているが、実務上は相当要件が厳しい
発生主義の例外(特例)
所得税法では、原則として発生主義を採用していますが、例外的に「現金主義」が認められるケースもあります。
小規模事業者の現金主義選択
次の要件をすべて満たす小規模事業者は、「現金主義」(実際に現金を受け取った時点で収入計上する方法)を選択することができます。
- 前々年分の事業所得及び不動産所得の合計金額が300万円以下であること
- 青色申告者であること
- 所轄税務署長の承認を受けていること
申請手続きが必要:現金主義を選ぶ場合は「現金主義による所得計算の特例承認申請書」を提出する必要があり、いったん選んだら簡単には変更できないので注意が必要です。
収入計上でよくある税務調査の指摘事項
税務調査では、収入計上のタイミングについて多くの指摘が行われています。実際の事例をもとに、注意すべきポイントを解説します。



よくある指摘事項 | 正しい処理 |
年末の納品を翌年の収入として計上している | 商品・サービスを提供した年に収入計上する |
請求書の発行時期で収入を計上している | 請求書の発行日ではなく、権利確定日で計上する |
未請求の完了業務を収入計上していない | 請求の有無にかかわらず、完了した業務は収入計上する |
前受金をすべて収入計上している | サービス提供前の前受金は、提供時まで収入計上しない |
関連会社間で恣意的に収入計上時期を操作している | 取引の実態に合わせて適正に収入計上する |












実務に役立つ収入計上の考え方
最後に、実務で役立つ収入計上の考え方をいくつか紹介します。
継続性の原則を守る
収入計上のタイミングについては、同じような取引に対して毎年同じ方法で処理することが重要です。これを「継続性の原則」と言います。
- 一貫性のある処理
税務署が一番嫌うのは、都合のいいように処理方法をコロコロ変えること - 事業内容変更時の注意点
事業内容が大きく変わったときは、新しい事業開始時に処理方法を変更することは可能 - 変更時の手続き
処理方法を変更する場合は「青色申告の承認申請書」の変更届を提出し、理由も明確にする必要がある
月次処理の重要性
収入計上の正確性を保つためには、月次で記帳・経理処理を行うことが非常に重要です。
- リスク回避
確定申告の直前にまとめて1年分の経理をすると、収入計上漏れのリスクが非常に高くなる - 習慣化が重要
月に1回は必ず帳簿をつける習慣をつけるのがおすすめ - クラウド会計の活用
MFクラウドやfreeeなどのクラウド会計ソフトを活用すると、請求書作成と同時に自動で経理処理してくれる
よくある質問
- クレジットカード決済の場合の収入計上時期はいつですか?
-
クレジットカード決済の場合も原則は発生主義なので、商品を発送した日が収入計上日になります。実際にカード会社から入金があった日ではないので注意してください。例えば12月に商品発送して翌年1月に入金があっても、収入計上は12月です。
- 海外取引の場合の収入計上時期と為替レートはどうすればいいですか?
-
海外取引の場合も基本的な考え方は同じで、権利確定日の為替レートで円換算するのが原則です。例えば12月15日に海外向けのサービスが完了したなら、その日の為替レートで収入金額を計算します。権利確定時のレートと実際の入金時のレートが違えば為替差損益が発生するため、それも適切に計上する必要があります。
- オンラインサロンの月額会費はいつ収入計上すればいいですか?
-
オンラインサロンの月額会費は継続的なサービス提供に対する対価なので、サービスを提供する月の収入として計上するのが原則です。例えば1月分の会費として1月1日に入金があれば、1月の収入として計上します。まとめて前払いを受けた場合は、サービス提供期間に応じて按分します。例えば1月に3か月分の会費30,000円を受け取ったら、1月に10,000円、2月に10,000円、3月に10,000円と分けて計上します。
まとめ:所得税法における収入金額の計上ルール
所得税法における収入金額の計上ルールは、発生主義(権利確定主義)が基本となります。実際にお金を受け取ったかどうかではなく、権利が確定した時点で収入として計上することが重要です。
所得税法では「収入すべきことが確定した時点」で収入計上が必要(発生主義)
発生主義の3要件は「権利の確定」「事実の発生」「金額の確定」
取引の種類によって収入計上のタイミングが異なる(商品販売は引渡日、役務提供は完了日など)
年末の取引は翌年に収入計上が繰り越されないよう特に注意が必要
同じような取引には同じ処理方法を適用する「継続性の原則」を守る
収入計上のタイミングを正しく理解することは、適正な税務申告のために非常に重要です。特に事業規模が拡大するにつれて取引も複雑になりますので、必要に応じて税理士などの専門家に相談しながら、正確な経理処理を心がけましょう。



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