一人社長・同族会社の経営者が引退や事業承継を考えるとき、必ず論点になるのが役員退職金です。「いくらまでなら会社の損金にできるのか」「受け取る自分の税金はどのくらい軽くなるのか」——この2つの疑問に、功績倍率法の考え方・損金算入の要件・退職所得の計算という3つの軸から答えます。あわせて、最終報酬月額80万円・在任20年というケースを使った独自の税負担シミュレーションも掲載し、公認会計士試験合格者の視点で解説します。
この記事のポイント(先に結論)
- 役員退職金は「不相当に高額」でなければ損金算入できる(法人税法34条②・法人税法施行令70条②)
- 過大かどうかの実務上の目安が功績倍率法=最終報酬月額×在任年数×功績倍率
- 受け取る本人側は退職所得控除+1/2課税+分離課税で税負担がかなり軽くなる
- ただし功績倍率に法定の絶対安全値はなく、在任5年以下の役員は1/2課税の対象外
ぜいむたん


役員退職金はいくらまで損金にできる?功績倍率法の考え方
結論からいうと、役員退職金は「不相当に高額」と判断される部分を除き、会社の損金に算入できます(法人税法第34条第2項・法人税法施行令第70条第2項)。では「不相当に高額」かどうかをどう判断するのか——課税実務で広く用いられているのが功績倍率法です。
功績倍率法は、次の式で退職金の目安額を算定する考え方です。
図1:功績倍率法による役員退職金の目安額の考え方
要素1 最終報酬月額
退任直前の役員報酬の月額。実質的な功績を反映しているとされる。
要素2 役員在任年数
役員として在任した年数。長期在任ほど目安額は大きくなる。
要素3 功績倍率
貢献度を示す倍率。社長についてはおおむね3.0倍が目安として引用されることが多い。
役員退職金の目安額 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率という式です。この方法は「平均功績倍率法」とも呼ばれ、同業種・類似規模法人の役員退職金の支給実態を踏まえて過大かどうかを判定する際の物差しとして裁判例・実務で参照されています。






役職別の功績倍率の目安(社長・専務・常務…)
功績倍率は役職に応じて水準が変わり、過去の裁判例で示された目安として、社長・会長で3.0倍、専務で2.4〜2.5倍、常務で2.2〜2.3倍、平取締役で1.8〜2.0倍、監査役で1.6〜2.0倍といった数値が引用されることがあります。ただし、これらはあくまで裁判例・実務で参照される目安であって、法律で定められた固定値ではありません。実際には同業種・類似規模の法人の支給実態と照らして判断されるため、「この倍率なら必ず認められる」というものではない点に注意してください。
功労加算金(功績加算)を上乗せする場合の注意
創業社長など特別な功績があった役員には、功績倍率法で算出した金額に「功労加算金(功績加算)」を上乗せするケースがあります。実務では、功労加算金は本体部分のおおむね30%以内が一つの目安とされることが多いですが、これも法定のルールではありません。加算部分も含めた退職金の総額で「不相当に高額」かどうかが判断されるため、加算したからといって当然に損金算入が認められるわけではない点に注意が必要です。
最終報酬月額が低い・ゼロの場合はどうする?
功績倍率法は「最終報酬月額」を基礎にするため、退任直前に役員報酬を大きく下げていたり、無報酬だったりすると、適正額が過小に計算されたり、そもそも計算できなかったりします。このような場合には、同業種・類似規模の法人の役員退職金の支給実態から「1年当たりの平均額」を求め、それに在任年数を乗じて適正額を算定する「1年当たり平均額法」などの別の方法が用いられることがあります。退任直前の報酬設定は退職金額に直結するため、報酬を下げるタイミングには注意しましょう。
損金算入の要件と「不相当に高額」の判定基準
役員退職金の損金算入で押さえるべきは、①支給額全体が過大でないこと②損金算入する事業年度が正しいことの2点です。まず①について、税務調査では功績倍率法による目安額と実際の支給額を比較し、かけ離れている場合に過大部分の損金不算入を指摘されるリスクが高まります。功績倍率法はあくまで「参考にされやすい目安」であり、これを満たせば必ず認められるという保証ではない点に注意が必要です。
加えて、退任後に代表取締役から非常勤の相談役・会長などへ地位が変わる分掌変更に伴って退職金を支給するケースもあります。この場合も一定の要件を満たせば損金算入の余地はありますが、実質的に経営権を手放していないと判断されると否認されるリスクが高い、実務上ハードルの高い論点です。分掌変更による退職金を検討する場合は、個別の事情をふまえて税理士等の専門家に確認することをおすすめします。






損金算入の時期はいつ?株主総会決議と実際の支払いの関係
役員退職金を損金に算入する事業年度は、原則として株主総会等の決議によって退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度です(法人税基本通達9-2-28)。ただし、会社が実際に支払った日の属する事業年度に損金経理をした場合には、その支払った事業年度の損金として認められるという取扱いもあります。決議はしたが資金繰りの都合で分割支給する、といったケースもあるため、決議日・損金経理のタイミングを事業年度をまたいで整理しておくことが重要です。
実務では、退職金の金額・支給時期を株主総会の決議で明確化し、議事録を残すことが損金算入の前提になります。役員報酬の決め方・議事録の作成手順は役員報酬の決め方と株主総会議事録のひな形でも解説していますので、あわせてご確認ください。






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マネーフォワード クラウド会計を見る →受け取る側の税金は?退職所得の計算と1/2課税・分離課税のしくみ
役員退職金を受け取る本人側の所得は退職所得として扱われ、給与所得や事業所得とは切り離して税額を計算する分離課税が適用されます(国税庁 No.1420 退職金を受け取ったとき)。退職所得の金額は次の式で計算します。
退職所得の金額 =(退職金の収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2
退職所得控除額は勤続年数(役員在任年数)に応じて次のとおり計算されます。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 10年 | 40万円×10年=400万円 |
| 20年 | 40万円×20年=800万円 |
| 30年 | 800万円+70万円×(30年−20年)=1,500万円 |
| 40年 | 800万円+70万円×(40年−20年)=2,200万円 |
勤続20年以下は40万円×勤続年数(80万円未満のときは80万円)、20年超は800万円+70万円×(勤続年数−20年)です。勤続年数に1年未満の端数があるときは1年に切り上げます。控除額を差し引いたうえでさらに1/2を掛けるため、同額を給与として受け取る場合に比べて課税対象額が大きく圧縮される仕組みになっています。
ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の役員が受け取る退職金には、この1/2課税の適用がありません(特定役員退職手当等)。設立して間もない法人で早期に退職金を支給する場合などは、この特例に該当しないか確認しておく必要があります。一人社長が長期にわたって在任してきたケースでは通常この特例には該当しませんが、法人成りしてすぐの退職・退任を検討する場合は注意しましょう。






【独自試算】最終報酬80万円・在任20年ケースで税負担をシミュレーション
具体的な数字で見てみましょう。最終報酬月額80万円・役員在任20年・功績倍率3.0という仮定条件(あくまで一例であり、実際の適正額は個別の事情で判断されます)で計算します。
図2:功績倍率法による退職金の目安額の試算
最終報酬月額
80万円
役員在任年数
20年
功績倍率の目安
3.0倍
この条件で計算すると、80万円×20年×3.0=4,800万円が、損金算入の目安となる役員退職金の額になります。
次に、この4,800万円を実際に受け取った場合の退職所得を計算します。役員在任20年の退職所得控除額は800万円ですので、
(4,800万円−800万円)× 1/2 = 2,000万円が退職所得の金額になります。
この2,000万円に対して、所得税の速算表(累進税率)に基づく概算の税額を計算すると、所得税額はおおむね520万円程度、復興特別所得税(2.1%)を含めるとおおむね530万円程度、住民税(一律10%)が200万円となり、合計の概算税負担はおおむね730万円程度です。4,800万円の受取額に対する実効負担率はおよそ15%程度にとどまる計算になります(税率・控除は執筆時点の制度に基づく概算であり、実際の税額は各種控除の適用状況により異なります)。






役員報酬でもらうより退職金が得な理由——出口戦略としての位置づけ
結論として、同じ金額を役員報酬(給与)として受け取るよりも、退職金として受け取る方が税・社会保険の負担は軽くなりやすいのが一般的な傾向です。仮に4,800万円を一括の給与として受け取ったと仮定すると、給与所得控除は年収850万円超で一律195万円が上限となるため、課税対象となる給与所得の金額は退職所得よりもはるかに大きくなり、総合課税の累進税率(最高45%)と住民税(10%)がフルに適用されます。概算では、税負担の合計はおおむね2,000万円台後半〜(実効負担率40%台)に達し、退職所得(実効負担率15%程度)との差は大きく開きます(いずれも社会保険料等を考慮しない簡略な概算・目安であり、実際の税額は個別の状況で異なります)。
この差が生まれる理由は、退職所得に①退職所得控除②1/2課税③分離課税という3つの優遇が同時に働くためです。長年会社に貢献してきた役員への一時金という性質を踏まえた制度設計であり、一人社長・同族会社の経営者が引退時の受け取り方を検討するうえで、退職金は有力な「出口戦略」の一つになります。






見落としがちな注意点——短期在任役員・分掌変更のリスク
役員退職金を検討する際は、次の2点を見落とさないようにしましょう。
- 役員等勤続年数5年以下は1/2課税の適用なし:法人成り直後に役員退職金を支給する場合など、在任年数が短いケースでは特定役員退職手当等に該当し、1/2課税が使えない点に注意が必要です。
- 分掌変更による退職金は実態要件が厳しい:代表取締役から非常勤の会長・相談役等への変更に伴う退職金支給は、実質的に経営への関与が変わっていないと判断されると損金算入が否認されるリスクが高い論点です。検討する場合は個別の事情をふまえて専門家に確認しましょう。
- 功績倍率3.0は法定の固定値ではない:同業種・類似規模法人の支給実態と比較して過大と判断されるリスクは常に残ります。決議前に複数の観点から検討することが、損金不算入リスクを下げることにつながります。






よくある質問(FAQ)
- 功績倍率3.0倍を守れば役員退職金は必ず損金算入できますか?
-
いいえ。功績倍率3.0倍は課税実務で引用されることが多い目安であり、法律で定められた固定値ではありません。同業種・類似規模法人の支給実態や実際の功績の内容によって、過大と判断される可能性は残ります。損金不算入リスクを下げるための目安として活用しつつ、個別の事情は税理士等の専門家に確認することをおすすめします。
- 役員退職金はどの事業年度の損金にすればいいですか?
-
原則として、株主総会等の決議によって退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度の損金に算入します。ただし、実際に支払った日の属する事業年度に損金経理をした場合は、その事業年度の損金として認められる取扱いもあります(法人税基本通達9-2-28)。
- 退職金を受け取ったときの税金はどう計算しますか?
-
退職所得の金額は(退職金の収入金額−退職所得控除額)×1/2で計算し、他の所得と分離して課税されます(分離課税)。退職所得控除額は勤続20年以下が40万円×勤続年数(80万円未満のときは80万円)、20年超が800万円+70万円×(勤続年数−20年)です。
- 役員報酬で受け取るのと退職金で受け取るのはどちらが得ですか?
-
一般的には、退職金には退職所得控除・1/2課税・分離課税という3つの優遇が重なるため、同額を給与として総合課税で受け取るよりも税負担が軽くなりやすい傾向があります。ただし個別の所得状況や社会保険料等によって結果は変わるため、目安として捉えてください。
- 役員在任年数が短い場合も1/2課税は使えますか?
-
役員等としての勤続年数が5年以下の役員が受け取る退職金(特定役員退職手当等)には、1/2課税の適用がありません。法人成り直後に退職金を支給するケースなどでは、この特例に該当しないか事前に確認が必要です。
- 社長が在任中に死亡した場合の死亡退職金や弔慰金はどう扱われますか?
-
会社が遺族に支給する死亡退職金は、役員退職金として損金算入の対象になり(不相当に高額な部分を除く)、受け取る遺族側では相続税の課税対象になりますが、「500万円×法定相続人の数」までは非課税とされます。あわせて支給する弔慰金は、業務上の死亡であれば普通給与の36か月分、業務外の死亡であれば6か月分までが弔慰金として取り扱われ、その範囲では相続税の対象になりません。これを超える部分は退職手当等として扱われます。金額や区分の判断は個別の事情によるため、税理士に確認することをおすすめします。
まとめ:役員退職金は「功績倍率法での目安確認」→「決議」→「本人側の税額試算」の順で
役員退職金は、会社側の損金算入と本人側の税負担の両方にまたがる論点です。次のステップで検討を進めましょう。
最終報酬月額×役員在任年数×功績倍率で目安額を試算し、同業種・類似規模法人の水準とかけ離れていないか確認します。
決議日と実際の支払時期を整理し、損金算入する事業年度を明確にしておきます。
退職所得控除額を勤続年数から計算し、1/2課税後の金額に対する概算税額を確認します。役員等勤続年数5年以下は1/2課税なしの点に注意します。
功績倍率・分掌変更等の判断が難しいケースは、税理士等の専門家に事前相談しておくと安心です。
本記事の試算は仮定条件に基づく参考シミュレーションであり、実際の適正な退職金額・税額は会社の規模や個別の事情によって異なります。最新の要件は国税庁 No.1420 退職金を受け取ったときや法人税基本通達 第7款 退職給与を確認し、個別の判断は税理士等の専門家にご相談ください。



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