「社長への貸付金、もう何年も返済が止まっている…」「決算のたびに残高だけが目に入って気が重い」——そんな役員貸付金を抱えている会社は少なくありません。役員の退任や病気、業績悪化などで回収の見込みが立たなくなったとき、頭をよぎるのが「貸倒損失として経費(損金)に落とせないか」という発想です。
しかし役員貸付金の貸倒処理は、取引先への売掛金とは扱いが異なります。安易に「取引停止から1年たったから」「もう無理だから債務免除しよう」と処理すると、税務調査で否認されるだけでなく、役員に対する給与(賞与)認定という思わぬ二次被害を受けることもあります。
この記事では、国税庁のタックスアンサー(法人税基本通達9-6-1〜9-6-3)と民法の消滅時効の規定にもとづき、役員貸付金を貸倒損失として損金算入できる要件と、実務でつまずきやすいポイントを整理します。
対象読者:役員(社長)への貸付金の回収が滞っている中小企業の経営者・経理担当者/読了の目安:約8分
この記事のポイント
- 役員貸付金の貸倒損失は、法人税基本通達9-6-1(法律上)・9-6-2(事実上)のどちらかの要件を満たして初めて損金算入できること
- 売掛債権限定の9-6-3(取引停止後1年基準)は貸付金である役員貸付金には使えないこと
- 安易な債務免除が役員給与(賞与)認定=損金不算入+源泉徴収漏れにつながる理由
- 消滅時効(民法166条・5年/10年)と、時効が更新される代表的なケース
ぜいむたん


役員貸付金が回収不能になったら何が起きるか
役員貸付金は会社の資産(借方)——回収前提の債権
役員貸付金は、会社が役員(多くは代表取締役)に対してお金を貸し付けた際に計上する資産科目です。仕訳は(借)役員貸付金/(貸)現金預金など、会社の帳簿上は「いずれ返してもらえる」ことを前提とした債権として扱われます。決算書の貸借対照表にも資産として計上されるため、金融機関の融資審査でも「社長への貸付=会社の資金が滞留している」とマイナス評価されやすい項目です。
回収不能でも「自動では」経費にならない
売掛金や貸付金が回収できなくなったとき、会社が任意に「もう無理だから」と判断して損金(経費)に計上できるわけではありません。法人税法上、貸倒損失として損金算入が認められるのは、国税庁が示す法人税基本通達9-6-1から9-6-3までの類型に該当する場合に限られます。役員貸付金は、このうち9-6-1(法律上の貸倒れ)か9-6-2(事実上の貸倒れ)のいずれかの要件を満たす必要があり、根拠なく損金経理すると税務調査で否認され、追徴課税につながるリスクがあります。






貸倒損失に計上できる要件チェック(法律上・事実上の2ルート)
法律上の貸倒れ(9-6-1)の要件
法人税基本通達9-6-1は、法律や協議によって債権が切り捨てられた場合の規定です。会社更生法・民事再生法・会社法の規定による切り捨て額、債権者集会の協議による合理的な基準での切り捨て額、そして「債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、弁済を受けられないと認められる場合に、書面でその債務免除額を明らかにしたとき」の3パターンが該当します。役員貸付金の場合、実務で使われるのは主に3つ目の「書面による債務免除」のパターンです。
事実上の貸倒れ(9-6-2)の要件
法人税基本通達9-6-2は、債務者(役員)の資産状況や支払能力などから、その全額が回収できないことが客観的に明らかになった場合の規定です。この場合、その事実が明らかになった事業年度に貸倒れとして損金経理できます。ただし担保物がある場合はそれを処分した後、保証人がいる場合は保証債務の履行を受けた後でなければ計上できません。「なんとなく無理そう」という主観ではなく、資産状況を示す客観的な資料で立証できることが前提になります。
役員貸付金 貸倒損失 計上可否チェック表
法的整理・協議による切り捨て、または債務超過が相当期間継続し書面で債務免除額を明らかにしたか。該当すれば損金算入可。
資産状況・支払能力から全額回収不能が客観的に明らかか。担保があれば処分後、保証人がいれば履行後であるか。
売掛債権限定の規定のため、貸付金である役員貸付金には適用できません(次章で詳しく解説)。






なぜ「1年経過で貸倒処理」できないのか——9-6-3は売掛債権限定
9-6-3(形式上の貸倒れ)の対象は売掛債権のみ
法人税基本通達9-6-3は「形式上の貸倒れ」と呼ばれる規定で、継続的な取引を行っていた債務者との取引を停止してから1年以上経過した場合などに、備忘価額(1円など)を控除した残額を損金経理できるというものです。ネット上の解説記事などで「貸付金も1年たてば貸倒処理できる」と誤解されているケースを見かけますが、これは誤りです。
9-6-3は明確に「売掛債権」に限定された規定です。役員貸付金は商品やサービスの継続的取引から生じる売掛金ではなく、金銭消費貸借にもとづく「貸付金」であるため、この1年基準を適用することはできません。役員貸付金を貸倒損失にするには、必ず9-6-1(法律上の貸倒れ)または9-6-2(事実上の貸倒れ)のどちらかの要件を満たす必要があります。
「取引停止後1年」という基準は、売掛金・受取手形など売掛債権にのみ適用される規定(法人税基本通達9-6-3)です。役員貸付金は貸付金であり売掛債権ではないため、この基準を根拠に損金算入すると税務調査で否認される可能性が高くなります。






債務免除の落とし穴——役員給与(賞与)認定リスク
債務超過が相当期間継続+書面での債務免除という要件
法律上の貸倒れ(9-6-1)で債務免除を根拠に損金算入するには、「債務者(役員)の債務超過の状態が相当期間継続し、弁済を受けることができないと認められる」ことに加えて、その債務免除額を「書面」で明らかにしていることが必要です。単に社長が「もう返さなくていい」と口頭で言っただけ、あるいは決算書の残高をゼロにする仕訳を切っただけでは、この要件を満たしません。
要件を満たさない免除は役員賞与認定→損金不算入+源泉徴収漏れ
債務超過の継続や書面化といった要件を満たさないまま役員貸付金を免除すると、税務上は「会社が役員に対して経済的利益を供与した」とみなされ、役員給与(賞与)として扱われる可能性があります。役員賞与は事前確定届出給与などの手続きを踏んでいない限り、原則として全額が損金不算入です。さらに会社側には、その賞与に対する所得税の源泉徴収義務が発生するため、免除した貸付金の額に応じた追徴(源泉所得税+不納付加算税等)を受けるおそれがあります。「経費にできると思って免除したのに、逆に会社の税負担が増えた」という事態にもなりかねません。






消滅時効との関係(民法166条)
5年(知った時)/10年(行使できる時)
民法166条1項により、債権は「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間」行使しないとき、または「権利を行使することができる時から10年間」行使しないときに、時効によって消滅します。役員貸付金の場合、会社(債権者)は貸し付けた事実も返済期限も認識しているため、実務上は主観的起算点である「5年」が問題になるケースが多くなります。
時効は承認・裁判上の請求で更新される
消滅時効は、一定の期間が過ぎれば自動的に完成するとは限りません。役員が返済の一部を行ったり、残高を認めて確認書に署名したりすると「承認」として時効が更新され、そこから再び時効期間がカウントされます。督促や裁判上の請求によっても時効の完成が猶予・更新されます。したがって「もう〇年たったから時効で消滅している」と自己判断するのは危険で、時効の成否や貸倒処理との関係については、個別の状況に応じて税理士・弁護士に確認することをおすすめします。
一部返済・承認あり
→ 時効は更新される。継続して回収努力・記録を続ける
返済も承認もなし
→ 消滅時効(民法166条)の経過を確認する
時効の成否にかかわらず、損金算入するには法律上の貸倒れ(9-6-1)または事実上の貸倒れ(9-6-2)の要件を満たす必要があります。判断に迷う場合は税理士に相談しましょう。






貸倒損失処理の実務ステップ
役員貸付金を貸倒損失として処理するかどうかを判断するときは、思いつきで仕訳を切るのではなく、以下のようなステップを踏んで証拠を積み上げていくことが重要です。特に事実上の貸倒れ(9-6-2)を根拠にする場合、後から税務調査で「回収不能をどう立証したか」を問われるため、資料の整備が損金算入の可否を左右します。
督促の連絡や内容証明郵便、返済交渉の面談記録など、回収に向けて努力した経緯を書面やメールで残しておきます。
役員個人の資産状況、給与や他の収入、他の借入状況など、返済能力の有無を裏付ける資料を収集します。
債務免除通知書や取締役会議事録など、要件に対応した書面を作成し、日付・金額・理由を明確にします。
金額の大きさや役員給与認定リスクを踏まえ、処理前に必ず税理士へ相談してから決算・申告に反映します。






役員貸付金の貸倒処理でよくある失敗・ミス3選
失敗①:書面なしで「全額免除」と口頭合意し、役員賞与認定
役員貸付金300万円について、決算対策として社長が「もう返さなくていい」と口頭で伝え、経理担当者が貸倒損失として損金経理したケース。債務超過の継続や書面での免除通知といった9-6-1の要件を満たしていなかったため、税務調査で役員に対する賞与の供与と認定され、法人側は損金不算入、加えて源泉所得税の追徴・不納付加算税の対象となりました。
失敗②:資産状況の裏付け資料なしに「回収できないだろう」で処理
業績が悪化した役員への貸付金500万円について、担保も保証もない状態で「もう回収は難しいだろう」という会社側の主観だけで事実上の貸倒れ(9-6-2)として損金経理したケース。役員個人の資産状況や支払能力を裏付ける客観的な資料が用意されておらず、税務調査で「回収不能が明らかとは言えない」として否認され、追加の法人税と延滞税が発生しました。
失敗③:売掛金の「1年基準」を役員貸付金に誤って準用
役員貸付金150万円について、「取引停止後1年以上経過」という売掛債権向けの基準(9-6-3)を誤って準用し、備忘価額を残して損金経理したケース。9-6-3は売掛債権に限定された規定であり、貸付金である役員貸付金には適用できません。税務調査で否認され、過少申告加算税が課される結果になりました。
- 9-6-1(法律上)または9-6-2(事実上)の要件のどちらかに該当しているか
- 債務免除の場合、債務超過の継続と免除額を明らかにした書面があるか
- 事実上の貸倒れの場合、資産状況・支払能力を示す客観的資料があるか
- 売掛債権限定の9-6-3(1年基準)を誤って役員貸付金に適用していないか
- 消滅時効(民法166条)の成否と、承認・請求による更新の有無を確認したか
- 処理前に税理士へ事前相談しているか
よくある質問(FAQ)
- 役員貸付金の貸倒損失は、取引停止から1年たてば計上できますか?
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いいえ。1年基準(法人税基本通達9-6-3)は売掛債権に限定された規定で、貸付金である役員貸付金には適用されません。損金算入するには、法律上の貸倒れ(9-6-1)または事実上の貸倒れ(9-6-2)の要件を満たす必要があります。実務上は、資産状況や支払能力を示す資料をそろえたうえで税理士に確認することをおすすめします。
- 役員に対する貸付金を単純に「債務免除」すれば経費にできますか?
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単純な債務免除は危険です。債務超過が相当期間継続し、書面でその事実を明らかにしたうえで免除額を通知するなど、法基通9-6-1の要件を満たさない免除は、役員に対する経済的利益の供与とみなされ役員給与(賞与)として扱われる可能性があります。この場合、法人側は損金不算入となり、加えて源泉徴収漏れも問題になります。
- 役員貸付金の消滅時効は何年ですか?
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民法166条1項により、会社が権利を行使できることを知った時から5年、または権利を行使できる時から10年のいずれか早い方で時効消滅します。会社は貸付の事実を認識しているため、実務上は5年が問題になるケースが多いです。ただし役員から返済の一部があったり、書面で残高を確認(承認)したりすると時効は更新されるため、時効成立の判断は慎重に行う必要があります。
- 事実上の貸倒れ(9-6-2)として処理するには、どんな証拠が必要ですか?
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債務者(役員)の資産状況や支払能力などから、全額が回収できないことが客観的に明らかであることを示す資料が必要です。具体的には、役員個人の財産状況が分かる資料、給与や他の収入の状況、他の借入状況、返済交渉の経緯を示す書面などです。担保がある場合は処分後、保証人がいる場合は保証履行後でなければ計上できません。
- 貸倒損失に計上した後、実際に一部でも回収できた場合はどうなりますか?
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貸倒損失として損金算入した後に一部でも回収できた場合は、その回収額は原則としてその事業年度の益金(雑収入等)に計上します。貸倒処理は「もう回収できない」という前提での処理のため、状況が変わった場合は速やかに顧問税理士へ相談し、適切な会計処理を確認してください。
参考・情報源
この記事の内容は、以下の一次情報にもとづいて整理しています。個別の判断が必要な場合は、最新の法令・通達を確認のうえ、税理士など専門家にご相談ください。
役員貸付金の貸倒損失まとめ:要件・書類・役員給与リスクを確認しよう






まずは「回収できないから経費」という思い込みを捨て、貸倒損失に計上できる要件を確認するところから始めます。
売掛債権限定の9-6-3(1年基準)は役員貸付金には使えません。どちらかの要件に該当するかを客観的資料で確認します。
債務超過の継続と書面化という要件を満たさない免除は、損金不算入と源泉徴収漏れにつながります。
時効は承認や請求で更新されるため自己判断は禁物です。判断に迷ったら早めに専門家に相談しましょう。



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