取引先が倒産してしまい、売掛金が回収できないまま何か月も経ってしまった——個人事業主として仕事をしていると、こうした状況に出会うことは珍しくありません。「このまま経費にしてしまっていいのだろうか」「税務調査で否認されたらどうしよう」と不安になる方も多いはずです。
実は、回収できない売掛金や貸付金は「貸倒損失」として必要経費に計上できる制度が用意されています。ただし、どんな場合でも自由に経費にできるわけではなく、税務上の要件を満たす必要があります。特に「取引停止後1年経てば経費にできる」というルールは、売掛金には使えても貸付金には使えないという実務上の落とし穴があり、ここを勘違いしたまま処理してしまうケースが少なくありません。
この記事では、国税庁の確定申告書等作成コーナー「貸倒金」(令和7年分)と所得税基本通達51-11〜51-13にもとづき、個人事業主が貸倒損失を必要経費に計上するための要件を、3つの類型に整理して解説します。
📌 この記事でわかること
- 個人事業主の貸倒損失は「事実上・法律上・形式上」の3類型(所得税基本通達51-11〜51-13)で判断すること
- 「取引停止後1年・備忘価額1円」ルールは売掛債権(売掛金)限定で、貸付金には使えないこと
- 担保物があるときは、その担保物を処分した後でなければ貸倒れにできないこと
- 貸倒損失として計上できる仕訳の考え方と、対象になる債権・ならない債権の区別
対象読者:売掛金・貸付金の回収に悩む個人事業主・経理担当者/読了の目安:約7分
ぜいむたん


貸倒損失とは?——3類型で判断する
貸倒損失とは、事業上生じた売掛金・受取手形・貸付金などの債権が回収できなくなったときに、その回収不能となった金額を必要経費に算入する処理のことです。事業所得の計算では、売上を計上した年度に対応する経費として扱われるため、回収できないことが確定した債権をいつまでも資産として残しておくことはできません。
事実上・法律上・形式上の3類型(所基通51-11〜51-13は法人9-6-1/2/3の所得税版)
個人事業主の貸倒損失は、所得税基本通達51-11から51-13にかけて、次の3つの類型として整理されています。これは法人税基本通達9-6-1・9-6-2・9-6-3に対応する所得税版の取扱いで、条番号は法人の通達ではなく所得税基本通達51-11〜51-13を用います。
- ①事実上の貸倒れ(51-12):債務者の資産状況・支払能力からみて、貸金等の全額が回収できないことが明らかになった場合
- ②法律上の貸倒れ(51-11):会社更生法・民事再生法・私的整理等の手続きにより、債権が切り捨てられた場合・債務免除をした場合
- ③形式上の貸倒れ(51-13):売掛債権のみが対象。(1)継続的な取引先との取引停止後1年以上経過してもなお弁済がない場合(担保物のあるものを除く)、または(2)同一地域の売掛債権の総額が取立費用に満たず、督促しても弁済がない場合。いずれも備忘価額1円を残す
貸倒損失(確定)と貸倒引当金(見積り)の違い
貸倒損失と混同されやすいのが「貸倒引当金」です。貸倒引当金は、将来回収できなくなる可能性を見積もって費用計上する制度であり、あくまで見積りの段階のものです。これに対して貸倒損失は、実際に回収不能であることが確定した金額を必要経費にする処理です。両者は性質が異なるため、引当金を積んでいるからといって貸倒損失の要件が緩和されるわけではない点に注意してください。






3類型の判定チェックリスト
自分のケースがどの類型にあたるのか迷ったときは、次のチェックリストで条件を一つずつ確認してみてください。3つの類型はそれぞれ要件が異なるため、当てはまる類型を先に絞り込むことが実務の第一歩になります。
①事実上の貸倒れ(全額回収不能が明らか・担保物は処分後)
②法律上の貸倒れ(会社更生・民事再生・私的整理等の切捨て/債務免除)
③形式上の貸倒れ(取引停止後1年以上または取立費用未満・担保物のない売掛債権・備忘価額1円)
貸倒損失 3類型 判定チェックリスト
- □ 債務者の資産状況・支払能力から全額回収不能が明らかか
- □ 担保物がある場合、それを処分済みか
- □ 回収不能と判断した根拠(調査記録・督促履歴等)が残っているか
- □ 会社更生法・民事再生法等の法的手続きが行われたか
- □ 私的整理等により債権の切り捨てが確定したか
- □ 債務免除額が書面等で明確になっているか
- □ 対象は売掛金など「売掛債権」か(貸付金は対象外)
- □ 継続的な取引先との取引停止から1年以上経過したか
- □ その売掛債権に担保物が付いていないか(担保物があると1年ルールは使えない)
- □ <別ルート>同一地域の売掛債権の総額が取立費用に満たず、督促しても弁済がないか
- □ 備忘価額として1円以上を残しているか






実務トラップ:1年ルールは売掛金限定・貸付金には使えない
貸倒損失の実務で最も間違えやすいのが、「取引停止後1年経過すれば貸倒れにできる」という形式上の貸倒れのルールです。この1年ルールは、あくまで売掛金・未収請負金などの「売掛債権」に限られた取扱いであり、貸付金には適用されません。
「取引停止後1年以上・備忘価額1円」の形式上の貸倒れ(所得税基本通達51-13)が使えるのは売掛金などの売掛債権だけです。事業上の貸付金にこのルールを適用して1年経過だけで経費計上すると、税務調査で否認される可能性があります。一方で、貸付金が貸倒損失にできないわけではありません。使えないのは形式上の貸倒れ(1年ルール)だけで、全額回収不能が明らかであれば事実上の貸倒れ(51-12)、法的整理手続による切捨てや書面による債務免除があれば法律上の貸倒れ(51-11)として計上できます。51-11・51-12の対象は「貸金等」であり、売掛債権に限られていないためです。また同通達には「当該売掛債権について担保物のある場合を除く」という括弧書きがあり、売掛債権であっても担保物が付いているものは1年ルールの対象外です。この場合は担保物を処分したうえで、事実上の貸倒れとして判定します。
なぜ貸付金には「取引停止後1年」ルールが使えないのか
形式上の貸倒れは、継続的な取引関係にあった売掛先が取引停止後も弁済しない場合に、少額債権の処理を簡便にするための取扱いです。貸付金は継続的な「取引」から生じる売掛債権とは性質が異なるため、この簡便な取扱いの対象になっていません。貸付金を回収不能として処理したい場合は、債務者の資産状況や支払能力を踏まえて、全額の回収が不可能であることが客観的に明らかといえる状態まで確認する必要があります。
対象になる債権/ならない債権(私的な貸付は事業の必要経費にならない)
貸倒損失として必要経費にできるのは、事業遂行上生じた債権に限られます。売掛金・受取手形・事業上の取引にもとづく貸付金などが対象です。一方で、友人や家族への生活費の立て替えなど、事業と関係のない私的な貸付は「家事上の債権」であり、回収できなくなっても事業所得の必要経費にはなりません。
対象になる債権・ならない債権 早見表
対象。事業上の売掛債権にあたるため、3類型いずれの要件にも該当し得ます(1年ルールも適用可)。
対象。ただし1年ルール(形式上の貸倒れ)は使えません。事実上の貸倒れ(全額回収不能が明らか)または法律上の貸倒れ(法的整理による切捨て・債務免除)で計上します。
対象外。事業と関係のない家事上の債権にあたるため、回収不能になっても必要経費にはなりません。






貸倒損失の仕訳(金額は例として)
貸倒損失に該当すると判断できたら、実際に仕訳を起こして帳簿に反映します。処理の順番を間違えると後から訂正が必要になるため、以下のステップで進めるのが実務上のポイントです。なお、以下の金額はあくまで説明のための例であり、実際の計上時期・金額は個別の事情によって異なります。
督促の履歴や取引先の状況を確認し、回収不能と判断した根拠(連絡不能・資産状況・法的手続きの通知等)を書面やデータで残します。
事実上・法律上・形式上のどの類型に該当するかを、前章のチェックリストで確認します。担保物がある場合は処分が完了しているかも必ず確認してください。
要件を満たしたら仕訳を起票し、必要経費として帳簿に反映します。形式上の貸倒れの場合は備忘価額1円を残すことを忘れないようにします。
売掛金が回収不能になったときの仕訳(借方 貸倒損失/貸方 売掛金)
例として、売掛金10万円が全額回収不能と判断できた場合の仕訳は「借方:貸倒損失 100,000円/貸方:売掛金 100,000円」となります。貸倒損失は費用にあたるため借方に、売掛金は資産の減少にあたるため貸方に記帳します。形式上の貸倒れとして処理する場合は、全額ではなく1円の備忘価額を残し、残額を貸倒損失に計上します。
前期以前に貸倒引当金を設定していた場合の考え方(一般論)
貸倒引当金は見積り段階の費用計上であり、貸倒損失は実際に回収不能が確定した金額の費用計上です。前期以前に引当金を設定していたとしても、貸倒損失を計上する際の3類型の要件そのものは変わりません。引当金と貸倒損失の関係の詳細な処理は個別の帳簿状況によって異なるため、判断に迷う場合は税理士に確認するのが安全です。






よくある間違い
貸倒損失の処理では、要件の勘違いや処理の順番ミスによって、後から税務調査で指摘を受けるケースがあります。代表的な間違いを整理しておきます。
- 貸付金に「取引停止後1年」の形式上の貸倒れルールを適用してしまう(貸付金には適用不可)
- 担保物を処分する前に貸倒損失を計上してしまう(処分後でなければ貸倒れにできない)
- 友人・家族への私的な貸付を必要経費として計上してしまう(家事上の債権は対象外)
- 貸倒引当金(見積り)と貸倒損失(確定)を混同し、根拠のないまま経費計上してしまう
いずれも、回収不能と判断した根拠や処理の順番を記録として残していないことが原因になりがちです。判断に迷う金額が大きい場合は、処理前に一度立ち止まって確認することをおすすめします。






よくある質問(FAQ)
- 取引先が夜逃げしたら、すぐに貸倒損失にできますか?
-
夜逃げした事実だけでは、直ちに貸倒損失にはなりません。「事実上の貸倒れ」として認められるには、債務者の資産状況・支払能力などから見て全額回収ができないことが客観的に明らかになっている必要があります。連絡が取れない、所在が分からないという状況に加えて、資産状況の調査結果や督促の記録など、回収不能と判断した根拠を残しておくことが実務上重要です。担保物がある場合は、それを処分した後でなければ貸倒損失にはできません。
- 少額の売掛金でも備忘価額1円を残す必要がありますか?
-
はい。取引停止後1年以上経過した売掛債権について「形式上の貸倒れ」として処理する場合は、金額の大小にかかわらず1円以上の備忘価額を帳簿に残し、残りの金額を必要経費に算入します。全額をゼロにしてしまうのは誤りです。なお、この備忘価額のルールが適用できるのは売掛金などの売掛債権に限られ、貸付金には適用されません。売掛債権であっても担保物が付いている場合は1年ルールの対象外となる点にも注意してください。
- 回収できるかどうか微妙なときはどうすればいいですか?
-
回収可能性が不透明な段階で貸倒損失として確定的に処理してしまうと、後から税務調査で否認されるリスクがあります。判断に迷う場合は、貸倒引当金の活用を検討しつつ、督促や交渉の記録を残して状況を注視するのが基本です。最終的な計上時期・金額の判断は個別の事情によって変わるため、実際に処理する前に税理士に確認することをおすすめします。
個人事業主の貸倒損失まとめ:3類型で判断し、1年ルールは売掛債権だけ
貸倒損失は、事実上・法律上・形式上の3類型(所得税基本通達51-11〜51-13)のどれに該当するかをまず確認することが出発点です。特に「取引停止後1年・備忘価額1円」の形式上の貸倒れは売掛債権に限られたルールで、事業上の貸付金には使えません。担保物があるときは処分した後でなければ貸倒れにできない点もあわせて押さえておきましょう。






督促の履歴や取引先の状況を確認し、回収不能と判断した根拠を記録に残します。
担保物がある場合は、処分が完了してから貸倒れの検討に進みます。
事実上・法律上・形式上のいずれの要件を満たすかをチェックリストで確認します。
形式上の貸倒れは売掛債権のみが対象で、貸付金には使えないことを再確認します。
要件を満たしたら仕訳を計上します。金額が大きい、判断に迷う場合は税理士に確認しましょう。



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