会社が社長や役員にお金を貸す「役員貸付金」。金銭消費貸借契約書だけを用意して安心していませんか。実は、その前段にある会社としての承認手続き(利益相反取引の承認議事録)と、貸付条件を社内で確定する貸付決定書(貸付稟議書)を残していないと、会社法・税務調査の両面でリスクが生じます。本記事では、役員貸付金を実行するときに社内で整えておくべき決裁書類を、そのまま使える記載項目のひな形として整理します。
対象読者:法人の経営者・経理担当者、および役員貸付金の社内手続きを整えたい税理士・司法書士などの実務者。前提知識:特に不要です(会社法・簿記の基礎知識がなくても、ひな形の記載項目からそのまま使えます)。読了目安:約8分。
この記事のポイント
- 役員貸付金は会社法上の「利益相反取引(直接取引・会社法356条1項2号)」に当たり、承認機関の決議が必要です。
- 承認機関は会社形態で分かれます(非取締役会設置会社=株主総会/取締役会設置会社=取締役会)。
- 整えるべき社内決裁書類は「承認議事録」と「貸付決定書(貸付稟議書)」の2種類。記載項目をひな形で示します。
- 貸付決定書には認定利息を避ける適正利率(令和8年中の貸付は年1.3%が目安)を必ず記入します。
- 議事録・貸付決定書・金銭消費貸借契約書の3点をセットで保管し、税務調査に備えます。
役員貸付金の社内決裁書類——まず承認議事録を整える
ぜいむたん


ひな形①:取締役会議事録(取締役会設置会社版)の必須記載項目
取締役会議事録|利益相反取引(役員貸付)承認の必須記載項目
例:令和○年○月○日 午前10時00分 本店会議室(または書面決議の場合はその旨)
出席取締役・出席監査役(設置会社の場合)全員の役職と氏名を列記
例:代表取締役 ○○ ○○が議長となり、○○ ○○が議事録を作成
「会社法356条1項2号に定める直接取引(利益相反取引)の承認の件」と明記する
取引の相手方(役職・氏名)/貸付金額/貸付利率(年○%)/返済方法・返済期限/担保・保証人の有無 をすべて記載
賛成○名・反対○名・棄権○名(全員賛成の場合は「全会一致で承認可決」と記載。利益相反する取締役本人は議決権を行使できない場合がある)
取引実行後の報告日・報告した重要事実(実行金額・振込日等)を後日追記または別議事録で記録
議事録作成者+出席取締役全員(または代表取締役)が署名・押印。会社の印章(実印または法人印)で押印が推奨
ひな形②:株主総会議事録(非取締役会設置会社版)の必須記載項目
株主総会議事録|利益相反取引(役員貸付)承認の必須記載項目
例:令和○年○月○日 午前10時 本店会議室にて臨時株主総会を開催(または書面決議の場合はその旨)
総株主数○名・出席○名(うち委任状○名)・議決権総数○個・出席議決権数○個
例:代表取締役 ○○ ○○が議長に就任。○○ ○○が書記を担当
「会社法356条1項2号に定める直接取引(利益相反取引)の承認の件」と明記する
取引の相手方(役職・氏名)/貸付金額/貸付利率/返済方法・期限/担保・保証の有無 を全て開示・記録
賛成議決権数○個・反対○個・棄権○個。定款に別段の定めがない場合、普通決議(過半数)で承認可決
議長(代表取締役)が署名・押印。定款の規定に応じて出席株主の署名が必要な場合もある
議事録記載のポイント——重要事実の開示と特定が要(かなめ)
議事録作成において最も重要なのが「重要事実の開示」欄です。貸付金額・利率・返済方法・担保の有無を具体的に記載しなければ、「開示した」という証跡になりません。「役員への貸付を承認した」という一文だけでは不十分です。
- 取引の相手方:代表取締役 ○○ ○○(当社の役員であり、本取引の直接の利益相反当事者)
- 貸付金額:金1,000万円
- 貸付利率:年1.3%(令和8年中の貸付・適正利率設定により認定利息課税を回避)
- 返済方法:毎月末日限り金10万円の分割返済(最終返済期限 令和○年○月○日)
- 担保・保証:なし(または○○を担保として提供)
- 資金使途:医療費(または事業資金・住宅取得資金等)






貸付決定書(貸付稟議書)ひな形——記入例つきで整理






ひな形③:貸付決定書(貸付稟議書)の記載項目・記入例
貸付決定書(貸付稟議書)|記載項目と記入例
記入例:令和8年○月○日
(承認決議日以降の実際の貸付実行日を記入する)
記入例:代表取締役 ○○ ○○
(役員の役職・氏名・続柄を明記)
記入例:金1,000万円也
(金額は「也」付きで正式記載。数字・漢数字どちらも可)
記入例:年1.3%
※令和8年中の貸付は1.3%が目安(国税庁公表値で毎年確認)。無利息・低利率は認定利息課税リスクあり
記入例:毎月末日限り金10万円の分割返済(元利均等払い)
または:令和○年○月○日に一括返済
記入例:令和○年○月○日
(返済期限が不明確だと「事実上の給与」と指摘されやすい)
記入例:担保なし・保証人なし
(設定する場合は担保の種類・評価額・保証人氏名を明記)
記入例:代表者の医療費(入院費用)に充当
(具体的に記載する。「個人的用途」だけでは不十分)
記入例:利益相反取引承認(株主総会/取締役会)令和8年○月○日決議
承認者:取締役○○ 署名・押印
利率欄には認定利息を避ける適正利率を——令和8年中の貸付は年1.3%が目安
貸付決定書の利率欄に無利息・低利率を記載してしまうと、認定利息(国税庁タックスアンサー No.2606)が発生し、適正利率との差額が役員給与として課税されます。認定利息の適正利率は貸付年によって異なります。
- 令和4〜7年中の貸付:年0.9%(国税庁 No.2606 確定値)
- 令和8年中の貸付:年1.3%が目安(適用年の国税庁公表値で必ず確認)
- 例外①:災害・病気等で臨時に多額の生活資金が必要な場合の貸付
- 例外②:会社の平均調達金利など合理的な貸付利率を別途定めた場合
- 例外③:適正利率との差額が1年間で5,000円以下の場合
令和8年中の貸付に適用される認定利息の適正利率は「年1.3%」が目安とされていますが、国税庁タックスアンサー No.2606 本体の年別表への反映が遅れる場合があります。実際の貸付時には、必ず国税庁の公表値を確認してから利率を設定してください。






あわせて整える書類と税務の注意点






金銭消費貸借契約書との役割分担
役員貸付金の書類は、目的と法的根拠がそれぞれ異なります。3種類の書類を正しく理解してセットで整えましょう。詳しい契約書の書式は役員貸付金 金銭消費貸借契約書ひな形をご覧ください。
株主総会または取締役会で利益相反取引の承認決議を行い、重要事実を開示した議事録を作成・署名・保管します。これが会社法上の「承認」の証跡になります。
貸付条件(金額・利率・返済期限・資金使途)を社内文書として確定します。認定利息を避けるため、適正利率(令和8年中の貸付は年1.3%が目安)を必ず記入します。
会社(貸主)と役員(借主)の間で金銭消費貸借契約書を締結します。貸付決定書の条件と一致する内容で作成してください。貸付額に応じた収入印紙の貼付が必要です。
印紙税——契約書は第1号課税文書、議事録・決定書は原則不課税
金銭消費貸借契約書は印紙税法上の第1号課税文書に該当し、記載された貸付金額に応じた収入印紙の貼付が必要です(国税庁タックスアンサー No.7101)。一方、社内の承認議事録・貸付決定書・稟議書は、原則として印紙税法別表第一に定める課税文書には該当せず、不課税となります。
議事録・決定書は「原則不課税」ですが、文書の実質的な内容(消費貸借の合意そのものを証する文書かどうか)によって課税文書に該当する場合もあります。個別の文書について不明な点は、国税庁または所轄の税務署でご確認ください。
認定利息と勘定科目——受取利息(貸方・収益)として益金計上
会社が役員から受け取る利息は、会社側で「受取利息(収益・貸方)」として益金算入します。貸付実行時の仕訳は「(借方)役員貸付金 /(貸方)普通預金」、利息受取時は「(借方)普通預金 /(貸方)受取利息」です。認定利息が発生した場合(実際の利息が適正利率を下回る場合)は、差額を給与として処理する追加仕訳が必要になります。詳細な計算方法は認定利息の計算方法をご参照ください。
- 承認なしで貸し付けてしまった(議事録が存在しない):「社長が決めたから」と口頭のみで貸し付け、議事録を作成しないケース。会社法違反+給与認定の二重リスクが生じます。
- 無利息または著しく低い利率で貸し付けた:利率欄を空欄にした貸付決定書や「0%」での貸し付けは、適正利率との差額が役員給与として課税されます。令和8年中の貸付は年1.3%を目安に設定してください。
- 貸付決定書と実際の利息収受が一致していない:決定書に「年1.3%・毎月末払い」と書きながら、実際の利息振込が数カ月滞っているケース。決定書の条件は必ず実行し、通帳記録と突合できる状態にしてください。
よくある質問(FAQ)






- 一人会社(株主=取締役が本人だけ)でも議事録は要りますか?
-
はい、必要です。一人会社でも会社と取締役は別人格であるため、会社法上の手続きは省略できません。株主総会議事録を自分一人で作成し、署名・押印して保管する必要があります。「自分が唯一の株主だから議事録は不要」という理解は誤りであり、税務調査の際に証跡として求められます。形式上、株主本人が株主総会議事録を作成・署名すれば要件を満たします。
- すでに貸してしまった役員貸付金は、今から決裁書類を作っても意味がありますか?
-
税務調査が開始される前であれば、今から追認の手続きを行うことに意味があります。ただし、日付を遡及させて作成した書類は、税務調査官に疑念を持たれるリスクがあります。追認の場合は、現在の日付で「利益相反取引の追認決議」として株主総会または取締役会の承認決議を行い、新たな議事録を作成する方法が実務的です。具体的な対応は、顧問税理士・司法書士にご相談ください。
- 貸付決定書に決めた利率と実際の利息が違うとどうなりますか?
-
貸付決定書に記載した利率(例:年1.3%)より実際の利息収受が少ない場合、差額が役員給与として課税されます。決定書の条件は必ず実行し、通帳での入金記録と一致する状態を維持してください。また、返済が数カ月滞った場合も「実質的な贈与・給与」と見なされるリスクがあります。返済管理には役員貸付金Excelテンプレート(返済管理)の活用をお勧めします。
- 株主総会議事録と取締役会議事録、どちらを作るか判断に迷います。
-
会社の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)を取得し、「取締役会設置会社」の記載があれば取締役会議事録、記載がなければ株主総会議事録を作成します。定款にも機関設計が記載されています。設立時に選択した機関設計が変更されている場合もあるため、登記簿で最新の状態を確認するのが確実です。
役員貸付金 社内決裁書類まとめ:契約書+承認議事録+貸付決定書をセットで整える






登記簿謄本・定款で「取締役会設置会社」か否かを確認する。非設置会社なら株主総会(会社法356条1項)、取締役会設置会社なら取締役会(365条1項)が承認機関です。
貸付の前または直後に、重要事実(相手方・金額・利率・返済条件・担保)を開示した承認議事録を作成。代表取締役・議事録作成者が署名・押印し永久保管します。
貸付金額・利率(令和8年中は年1.3%が目安)・返済方法・資金使途を記載した貸付決定書を作成。利率の記載漏れ・無利息設定は認定利息課税のリスクが生じます。
承認議事録・貸付決定書・金銭消費貸借契約書の3点を一括で保管。返済状況の管理もExcelテンプレートで記録し、税務調査に備えます。個別の判断は顧問税理士・司法書士にご相談ください。
参考・情報源
- e-Gov 法令検索「会社法(平成17年法律第86号)第356条・第365条」
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=417AC0000000086 - 国税庁 タックスアンサー No.2606「役員に金銭を貸し付けたとき」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2606.htm - 国税庁 タックスアンサー No.7101「不動産の譲渡・消費貸借等に関する契約書」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7101.htm



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