「役員報酬っていくらに設定すればいいんだろう」「額面を上げたのに、なぜか手取りがあまり増えなかった」——中小企業の経営者や経理担当者から、こうした相談をよく受けます。役員報酬は一度決めると期中に自由に変更できないため、決め方を間違えると1年分の手取りや法人税に影響が出てしまいます。
役員報酬の手取りは、所得税・住民税・社会保険料という3つの負担が絡み合って決まります。特に重要なのが「所得税の税率が上がる分岐点」と「社会保険料が上限で頭打ちになる分岐点」の2つです。この2つを知らずに額面だけを上げてしまうと、社会保険料は増えないのに所得税だけがどんどん増える、という効率の悪い状態に入ってしまうことがあります。
この記事では、令和7年度税制改正後の現行値(給与所得控除の最低65万円・基礎控除の見直し)を反映し、額面から手取りまでを計算するステップと、2つの分岐点の見つけ方を、よくある失敗例・チェックリストとあわせて整理します。
この記事のポイント
- 役員報酬の手取り最適化は「所得税の税率が上がる分岐点」と「社会保険料が頭打ちになる分岐点」の2つで考える
- 令和7年度税制改正で給与所得控除の最低額は65万円、基礎控除も合計所得に応じて見直された(令和7年分から適用)
- 厚生年金は標準報酬月額に上限があり、上限を超える報酬には保険料がかからない(2026年度時点の上限等級は65万円)
- 役員報酬は法人の損金になるが個人の税・社会保険料を増やす——法人・個人トータルで見て顧問税理士に相談する
対象読者:役員報酬の額面を決める中小企業の経営者・経理担当者、および税理士事務所スタッフ/読了の目安:約7分
ぜいむたん


なぜ役員報酬の「最適額」は単純ではないのか
役員報酬の手取りは、額面から所得税・住民税・社会保険料(本人負担分)を引いた残りです。この3つの負担はそれぞれ計算の仕組みが異なるため、額面をいくら上げれば手取りがいくら増えるかは、単純な比例関係にはなりません。
手取りを決める3つの負担——所得税・住民税・社会保険料
所得税は課税所得が上がるほど税率が上がる累進課税です。住民税は所得割がおおむね10%(道府県民税4%+市町村民税6%)に均等割が加わる一般的な仕組みですが、税率や均等割の金額は自治体によって差があるため、正確な金額はお住まいの自治体で確認してください。社会保険料(厚生年金・健康保険)は標準報酬月額に一定の料率をかけて計算しますが、標準報酬月額には上限等級があり、上限を超える報酬部分には保険料がかかりません。この「上限で頭打ちになる」性質が、所得税とは決定的に違う点です。
令和7年度税制改正のポイント(令和7年分から適用)
令和7年度税制改正により、給与所得控除の最低保障額が55万円から65万円に引き上げられました(国税庁No.1410)。あわせて基礎控除も、これまでの一律48万円から合計所得金額に応じて見直され、たとえば合計所得金額132万円以下の場合は95万円になるなど、所得水準に応じた金額に変わっています(国税庁No.1199)。いずれも令和7年分の所得税から適用される現行のルールです。古いシミュレーションや過去に作った資料をそのまま使うと、改正前の数値(給与所得控除の最低55万円・基礎控除一律48万円)で計算してしまうミスにつながるため注意が必要です。






ステップで計算:額面から手取りまでの4ステップ
役員報酬の手取りは、次の4ステップで計算できます。ここでは令和7年度改正後の現行値を使い、国税庁の速算表に沿って順番に計算していきます。自分の額面に置き換えて、同じ手順で再計算してみてください。
額面の年間役員報酬(収入金額)から、令和7年分以降の給与所得控除の速算表(国税庁No.1410)を使って控除額を計算します。収入190万円までは一律65万円、190万1円〜360万円は収入×30%+8万円、360万1円〜660万円は収入×20%+44万円、660万1円〜850万円は収入×10%+110万円、850万1円以上は195万円で頭打ちです。額面からこの控除額を引いた残りが「給与所得」になります。
給与所得から、基礎控除(国税庁No.1199)や社会保険料控除、配偶者控除・扶養控除など各種所得控除を差し引いて「課税所得」を計算します。基礎控除は合計所得金額が高いほど段階的に少なくなる仕組みに変わったため、具体的な金額は所得水準によって異なります。正確な金額は国税庁のNo.1199のページで、自分の合計所得金額に対応する区分を確認してください。
課税所得に、国税庁No.2260の所得税の速算表(7段階)を当てはめて所得税額を計算します。あわせて復興特別所得税(基準所得税額×2.1%)が別途かかります。住民税は所得割がおおむね10%(道府県民税4%+市町村民税6%)+均等割が一般的ですが、税率・均等割は自治体によって差があるため、お住まいの自治体で確認してください。
標準報酬月額をもとに、厚生年金保険料(18.3%、本人負担9.15%)と健康保険料(協会けんぽ全国平均で約9.90%、本人負担約4.95%。40歳以上65歳未満は介護保険料も上乗せ)を計算します。額面から所得税・住民税・社会保険料(本人負担分)を差し引いた残りが手取りです。
STEP2の基礎控除は所得水準によって金額が変わるため、以下の早見表は給与所得控除までの計算過程を示す概算例です。最終的な課税所得・手取り額は、ご自身の所得控除の内容(家族構成・保険料控除など)によって変わりますので、必ず国税庁の該当ページや確定申告書で確認してください。
額面年収別・給与所得控除の早見(STEP1の例)
給与所得控除=600万円×20%+44万円=164万円。給与所得は436万円になります。
給与所得控除=800万円×10%+110万円=190万円。給与所得は610万円になります。
収入850万円超のため給与所得控除は上限の195万円。給与所得は805万円になります。






分岐点①:所得税・住民税の限界税率が跳ねるライン
所得税は課税所得の金額に応じて7段階の税率が適用される累進課税です。課税所得がある区分の上限を1円でも超えると、超えた部分だけ高い税率がかかります(全額に高い税率がかかるわけではありません)。国税庁No.2260の速算表は以下のとおりです。
| 課税所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000円〜194万9,000円 | 5% | 0円 |
| 195万円〜329万9,000円 | 10% | 9万7,500円 |
| 330万円〜694万9,000円 | 20% | 42万7,500円 |
| 695万円〜899万9,000円 | 23% | 63万6,000円 |
| 900万円〜1,799万9,000円 | 33% | 153万6,000円 |
| 1,800万円〜3,999万9,000円 | 40% | 279万6,000円 |
| 4,000万円以上 | 45% | 479万6,000円 |
速算表の区切りで限界税率が上がる仕組み
この速算表は「課税所得」に対する税率です。額面(収入)そのものではなく、給与所得控除と各種所得控除を引いたあとの金額である点に注意してください。課税所得が330万円・695万円・900万円・1,800万円・4,000万円といった区分をまたぐタイミングで、超えた部分に適用される税率(限界税率)が上がります。住民税の所得割(おおむね10%)もあわせて考えると、額面を上げるほど「増えた分に対する税負担の割合」は段階的に重くなっていきます。これが1つ目の分岐点です。






分岐点②:社会保険料が標準報酬月額の上限で頭打ちになるライン
- 厚生年金・健康保険の保険料を計算するための基準となる、報酬をランク分けした金額
- ランク(等級)ごとに上限が設定されており、上限を超える報酬部分には保険料がかからない
- 厚生年金の標準報酬月額の上限等級は2026年度時点で65万円(今後段階的に引き上げ予定)
厚生年金・健康保険の標準報酬月額の上限
厚生年金保険料率は平成29年9月を最後に引き上げが終了し、18.3%(労使折半で本人負担9.15%)で固定されています(日本年金機構)。ただし標準報酬月額には等級の上限があり、2026年度時点の上限等級は65万円です。つまり月額の報酬が65万円でも100万円でも、厚生年金保険料の計算上は同じ65万円の等級として扱われ、本人負担は月額65万円×9.15%=5万9,475円で頭打ちになります(今後、上限等級は段階的に引き上げられる予定です)。健康保険(協会けんぽ)は都道府県ごとに料率が異なり、全国平均でおおむね9.90%(本人負担約4.95%)ですが、健康保険にも別途の上限等級があります。正確な料率・等級は協会けんぽの最新の保険料額表で確認してください。
上限超では社会保険料は増えず所得税だけ増える——ここが手取り効率の変わり目
標準報酬月額の上限等級に達したあとは、額面をさらに上げても厚生年金保険料は増えません。一方で所得税・住民税は課税所得の増加分だけ増え続けます。つまり上限到達前は「額面を上げると社会保険料も所得税も増える」帯ですが、上限到達後は「額面を上げても社会保険料は増えないが所得税だけ増える」帯に入ります。どちらの帯にいるかを把握することが、2つ目の分岐点の見方です。
まだ上限に届いていない
→ 額面の増減に比例して厚生年金保険料も増減する
すでに上限に達している
→ 額面を上げても厚生年金保険料は増えない(頭打ち)
社会保険料が頭打ちの状態でも、課税所得が所得税の税率区分をまたぐと限界税率は上がる。2つの分岐点を重ねて額面を検討する。
健康保険(協会けんぽ)の料率は都道府県ごとに異なり、上で示した約4.95%はあくまで全国平均の目安です。実際の保険料額・上限等級は、協会けんぽの最新の保険料額表で必ず確認してください。






法人・個人トータルで見る役員報酬
役員報酬は損金だが個人負担を増やす——どちらか一方だけを見ない
役員報酬は原則として法人の損金に算入でき、法人税の負担を減らします。しかし同時に、個人の所得税・住民税・社会保険料(本人負担分)は増えます。さらに会社側も社会保険料の会社負担分(労使折半のもう半分)を負担するため、役員報酬を上げるほど会社のキャッシュアウトは増えます。「報酬は高いほど得」「低いほど得」と一方だけを見て判断するのではなく、法人税の実効税率と、個人の限界税率+社会保険料率を比較する視点が必要です。具体的な最適額は利益水準・家族構成・他の所得によって異なるため、決算前に顧問税理士へ相談することをおすすめします。役員報酬を上げる以外にも、役員社宅の賃貸料相当額を活用した実質的な待遇改善など、額面以外の選択肢もあわせて検討する価値があります。
定期同額給与のルール——期中に自由に増減できるわけではない
法人が役員に支給する給与を損金に算入するには、原則として「定期同額給与」である必要があります(国税庁No.5211)。定期同額給与とは、支給時期が1か月以下の一定期間ごとで、各支給時期の支給額が同額であるものを指します。改定は原則として事業年度開始の日から3か月以内に行う必要があり、期中に業績を見ながら自由に増減させると、損金不算入になってしまうおそれがあります。事前確定届出給与や一定の業績連動給与という例外もありますが、本記事で扱う年間の額面設定は、この定期同額給与を前提にしています。実際に金額を改定する際は、株主総会・取締役会での決定と役員報酬の決定議事録の作成が必要です。あわせて、退職時にまとまった資金を確保したい場合は役員退職金の功績倍率の計算方法も参考にしてください。






役員報酬でよくある失敗・ミス3選
役員報酬の額面設定でつまずきやすいポイントを3つ紹介します。いずれも実務でよく見かけるパターンです。
- 社会保険料の頭打ちラインを超えても額面を上げ続けてしまう——標準報酬月額の上限等級に達したあとは厚生年金保険料は増えないため、額面を上げるほど得だと思い込みがちですが、所得税・住民税は増え続けます。分岐点②を超えたあとは、分岐点①(税率区分)も必ず確認してください。
- 期中に金額を変動させて定期同額給与の要件を崩してしまう——「今期は利益が出そうだから今月だけ上乗せする」といった対応は、定期同額給与の要件(原則、期首から3か月以内の改定)から外れ、損金不算入になるおそれがあります。増減は事業年度開始前にまとめて検討し、決定議事録を残すことが重要です。
- 令和7年度改正前の古い数値のままシミュレーションしてしまう——給与所得控除の最低額はすでに55万円から65万円に、基礎控除も一律48万円から所得水準に応じた金額に変わっています(いずれも令和7年分から適用)。古い資料やテンプレートを使い回すと、実際より税負担を高く(または低く)見積もってしまいます。
なお、役員が会社からお金を借りている場合、無利息または低い利率だと会社に認定利息の課税が生じることがあります。役員貸付金がある場合は認定利息の計算方法もあわせて確認しておくと安心です。






役員報酬を決める前のチェックリスト
役員報酬の額面を決定する前に、以下の項目を確認しておきましょう。
- 今期・来期の利益水準と資金繰りを確認したか
- 課税所得ベースで所得税の速算表の区分(分岐点①)に近づいていないか確認したか
- 標準報酬月額が厚生年金の上限等級(2026年度時点65万円・分岐点②)を超えていないか確認したか
- 定期同額給与の要件(原則、事業年度開始の日から3か月以内の改定)を満たしているか確認したか
- 家族構成・配偶者の有無・他の所得など、自分の所得控除の内容を踏まえて試算したか
- 株主総会・取締役会での決定と議事録の作成を予定しているか
- 最終的な金額は、決算前に顧問税理士へ相談したか






よくある質問(FAQ)
- 役員報酬の額面を上げれば、その分だけ手取りも必ず増えますか?
-
いいえ、必ずしも増え方が一定ではありません。所得税は課税所得が上がるほど税率が上がる累進課税のため、額面を上げるほど手取りの増加ペースは鈍ります。さらに、標準報酬月額が厚生年金の上限等級(2026年度時点で65万円)に達すると、それ以上額面を上げても厚生年金保険料は増えなくなる一方、所得税・住民税は増え続けます。この「社会保険料は頭打ちなのに税金だけ増える帯」に入っているかどうかを確認することが、手取り最適化の第一歩です。
- 令和7年度の税制改正で、役員報酬の手取り計算はどう変わりましたか?
-
令和7年分以降、給与所得控除の最低額が55万円から65万円に引き上げられました(国税庁No.1410)。また基礎控除も、これまでの一律48万円から合計所得金額に応じて見直され、たとえば合計所得132万円以下では95万円になるなど、所得水準に応じた金額に変更されています(国税庁No.1199)。いずれも令和7年分から適用されるため、古い数値(給与所得控除最低55万円・基礎控除一律48万円)のまま計算しているシミュレーションは実態と合わなくなっている点に注意が必要です。
- 役員報酬の最適な金額は、結局いくらに設定すればいいのですか?
-
一概には言えません。最適な金額は、会社の利益水準・資金繰り、経営者本人や家族の他の所得、扶養状況などによって変わります。本記事で示した「額面から手取りの計算ステップ」と「2つの分岐点(税率が上がるライン・社会保険料が頭打ちになるライン)」を目安に概算したうえで、最終的な金額は決算前に顧問税理士へ相談し、定期同額給与の要件(原則、期首から3か月以内の改定)も踏まえて決定することをおすすめします。
まとめ:2つの分岐点を見ながら額面を決める






令和7年度改正後の給与所得控除(最低65万円)と基礎控除(所得水準に応じて見直し)を使い、額面から課税所得を算出します。
課税所得が330万円・695万円・900万円などの区分をまたぐと限界税率が上がります。国税庁No.2260の速算表で確認します。
標準報酬月額が厚生年金の上限等級(2026年度時点65万円)に達しているかを確認します。達していれば、それ以上の額面増加で厚生年金保険料は増えません。
役員報酬は期中に自由に増減できません。原則、事業年度開始の日から3か月以内に株主総会・取締役会で決定し、議事録を残します。
法人税と個人の税・社会保険料はトレードオフの関係にあります。利益水準・家族構成などを踏まえた最終的な最適額は、専門家に確認しましょう。
参考・情報源
- 国税庁 タックスアンサー No.2260「所得税の税率」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.1410「給与所得控除」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.1199「基礎控除」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1199.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.5211「役員に対する給与」:https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
- 日本年金機構「厚生年金保険料額表」:https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/ryogaku/ryogakuhyo/



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